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俱会一処

2023年2月28日

あるご門徒さんの1周忌のご法事でのこと、御往生されたおじいちゃんに、大学生のお孫さんが弔辞を読まれました。

孫である自分がどれだけ愛され、かわいがってもらったかという事、家族一人ひとりをどんなにか大切に思っていてくれたか

という事、90歳近くになってもなお、お仕事に一生懸命取り組んでおられた事など、

おじいちゃんの偉大さ、温かさが伝わる素晴らしいお手紙でした。

昭和1桁生まれの男性は、「亭主関白、頑固おやじ」のイメージが強くなりがちですが、

家族全員がおじいちゃんを慕い続けておられるという事は、Kさんは間違いなく優しいお方だったのでしょう。

弔辞の締めくくりに「また会う時まで」との言葉がありました。

お浄土で共に会える時を、彼が信じていたかどうかは解りませんが、この一言に

今生での別離の悲しさや寂しさが、ふっと安らげるような気がしました。

お念仏を口にしていても、なかなか気づかない事ばかりの私にとって、本当にありがたいご法事でした。  合掌

 

 

お盆法要 中止のお知らせ

2021年8月10日

連日、新型コロナウイルス感染者数が増えております。

まん延防止等重点措置により、今年もやむなく、お盆の法要を中止しますが、

お盆期間中(8月13日~8月15日)は各自ご自由にお寺にお参りできますので、

ご安心ください。(マスク着用でお願い致します。)

オゾン発生装置3台設置

換気の徹底

手指消毒アルコール 等 対策しておりますので、

安心してお参りください。お待ちいたしております。

秋のお彼岸

2020年9月16日

台風の被害はございませんでしたか。

大変残念ですが、彼岸法要もコロナの影響を考えて、

今回は致しません。けれども、

お彼岸の間(今年の秋彼岸は9月19日~25日)は

各自ご自由にお参りください。

念のためマスク着用お願い致します。

★玄関、本堂入り口、トイレにアルコール消毒設置。

★本堂にオゾン空間殺菌装置を設置。

★換気の徹底。

等の対策をしております。

晶子さん

2020年8月17日

今現在、新型コロナウィルス感染予防対策として、医療機関、介護施設等家族でも面会が出来ない所があります。

晶子さんも半年以上入院生活を送っておられますが、なかなか難しい血液の疾患と闘いながら、尚、孤独とも

闘っておられるようです。

80代の晶子さんには、スイスに娘さんがおられるのですが、2,3日前にその娘さんがお参りに来てくださいました。

聞けば3週間前に羽田に着いて、PCR検査を受け、2週間東京で自主隔離をしてから福岡のお母さんに会いに来たとのこと。

しかしながら思うように会えず、難しい病状のお母さんを案じながらお盆参りに来てくださったのです。

良くなる見込みがなさそうなこと、万が一の場合どうしたら良いのか、様々な悩みを一人で背負って苦しんでおられる様子でした。

けれども、外出許可が出されるかどうかわからないが、お母さんを一旦自宅へ連れて帰り、お仏壇の前で一緒に手を合わせることが

できれば…という願いがとても強いようでした。

目連尊者が、地獄に落ちた亡き母親を救うために行った供養から始まったお盆。

親孝行なんて、なかなかできる事ではありませんが、親がこの世に存命の内に何でもしておくことだと痛感しました。

病気で苦しむ晶子さんに娘さんがしてあげられることは、ずっとみ教えに支えられてきたことに対してただ共に合掌すること。

今までに聞いたことのない、最高の親孝行だと涙しました。

コロナ禍のお盆で、例年より寂しい3日間でしたが一隅を照らしてくれました。

ただただ南無阿弥陀仏。

お盆法要中止のお知らせ

2020年8月09日

突然のお知らせで申し訳ありません。今般の新型コロナウィルスの蔓延を鑑みて

大切なお盆法要を止む無く中止させて頂きます。

尚、お盆期間中(8月13日~8月15日)は個人でのお参りはご自由に出来ますので、

どうぞお越し下さい。

【お寺での対策】

・本堂にオゾン発生機を設置

・玄関、本堂入り口、トイレにアルコール消毒の設置

・本堂の換気の上での冷房作動

皆様の安全の為にも、マスク着用のご協力をお願い致します。

夏には終息すると思っていた

2020年8月01日

今年は、新型コロナウィルスの流行で、世界中が翻弄されています。

中国の武漢で発生したということから始まり、横浜港に着岸中のクルーズ船内で蔓延したり、感染者を受け入れた病院が

医療崩壊したり、というニュースが入ってきたかと思えば、トイレットペーパーの品薄のデマ情報が流れたり、

マスクをしていない人へのいじめのようなひどい仕打ち、そして、日々命がけで働いておられる医療従事者の方々への

間違った誹謗中傷。

日本はいつからこのような情けない国になったのでしょうか。

名のある人が感染するたび、報道され、その方がお亡くなりになると、国中がその方を偲び、嘆き悲しむ。

しかし、その裏では約470億円もの血税をつぎ込み、使えないマスクを配布したり、検事長の定年延期を図ったりと

とても国民の事を考えているとは思えない事を御上はしているのです。

まさにウィルスより恐ろしい人間の心。

インフルエンザは夏にはあまり流行ったことがなかったので、この新型コロナウィルスも夏には収束するだろうと

私は楽観していました。ところが、まさかの福岡での相次ぐクラスター感染の発生。本当に人の力ではどうにもならない事です。

では、今私達にできる事とは何でしょうか?

支え合う事。思い合うこと。おかげさまとありがとうの気持ちを忘れずに、一日を精一杯過ごすこと。

こんなはずではなかったけれども、そこで立ち止まっていては良い方向へ向かうことはできないので、

ひとりひとりが一隅を照らすかけがえのない人にならせていただきましょう。

 

み仏の恵みを喜び 互にうやまい助けあい 社会のために尽くします

(浄土真宗の生活信条より)

コンビニにて

2019年9月08日

ここ何年か、平尾の町も国際色豊かになってきまして、すれ違う人々の会話が耳に入ってくると、「あれ?日本語じゃない?」と思うこともありましたが、最近ではあまり気にならなくなりました。20歳くらいの女性が数人、キャリーケースを片手に、小さなカフェの前に並んでいたのですが、彼女たちも韓国からの旅行客で、そのカフェはSNSで有名だとのこと…。日本に来てわざわざ福岡の、それも平尾のカフェで撮影しなくてもよいのではないかとも思うのですが、本人たちにしか分からない楽しみでしょうね。

さて、観光客も多いのですが、平尾で働いている外国人も増えてきています。お寿司屋さんでアルバイトをしているベトナム人の女の子は、日本語も堪能ですが、機転がよくきいて、大将のしていることを先回りして、行動の早い女性です。

病院で掃除をしている男性は、褐色の肌に大きな黒い瞳でどんな小さなごみも見逃さないように、一生懸命に額に汗していました。

コンビニでもスーパーマーケットでも、ほりの深い顔立ちの若い外国の人がレジを打ったりしておられて、「おつり、○○円です。」

と、流暢な日本語で接客しておられたりして、とても感心するのです。

外国で、言葉の壁や習慣の違いがあり、家族の元を離れての慣れない生活の中で、よく頑張っておられると本当に頭の下がる思いです。

コンビニで会計をしてくれたネパール人の男性は、首都カトマンズからの留学生だそうで、長いこと故郷に帰っていないそうです。

「ありがとうございました。」の爽やかな彼の挨拶に、こちらも合掌して「ナマステ」と返した今日でした。

K君のお命日

2019年3月11日

6年前の3月も終わり近く、K君はお浄土へと旅立っていきました。中学2年生でした。

真っ黒に日焼けして、水泳部で頑張っていました。書道では見事な、堂々とした字を書いていました。

男の子にも女の子にも分け隔てなく接していて、友達の多い少年でした。

ようやく暖かくなってきた春に、病気が治らず、逝ってしまいました。

彼のお命日には毎年、沢山の友達がお参りに来てくれます。お寺に参ったこともなければ、

手を合わせることも、線香の上げ方も知らなかった少年少女が、この日だけは毎年来てくれるのです。

K君の死を縁として、若い彼らがお寺とつながってくれました。そして彼らの心の中にはまだ、

K君が生きているのですね。

今年のお正月過ぎに、同級生の男の子が3人お参りに来ました。

S君は仕事を休んで。T君は留学先から。Ⅿ君は神奈川県から。前日の成人式に

出席していたそうです。K君も一緒に式に出たかったけどそれはかなわないことなので、

せめてお参りに来たとのこと…。人生の節目に彼を忘れずに手を合わせてくれる。

あれから6年が過ぎて、心も立派に成長したのですね。

もうすぐ彼のお命日です。この日だけは、本堂のお茶菓子が饅頭やせんべいなどの和菓子ではなく、

チョコパイやクッキーに変わり、紅茶やジュースをテーブルの上に用意しておきます。

成人式を終えた、ちょっと大人になった同級生がK君の思い出を語りに来てくれるのです。

本当にありがとう。

深結さん

2018年11月30日

先日は安田純平さんが無事帰国され、彼に対する思いをお話ししました。

今日は安田純平さんの奥様である、深結(みゅう)さんへの思いを綴りたいと思います。

歌手として活躍している深結さん。詳しい肩書はヒーリングシンガーということですが、

彼女も安田純平さんと出会う前から、世界中の貧しい人々や、紛争地帯で苦しんでいる人たちへの

関心が高かったようです。けれども、行ってはいけない危険な場所にどうしてフリージャーナリストが

行くのかということは理解が出来なかったらしいです。

安田純平さんとご結婚されてフリージャーナリストという職業を、覚悟を持って理解されたのだろう

と思います。

3年4か月の間、ひたすら信じて夫の帰りを待つということ。生きているのか死んでいるのかさえ

分からないまま、ただ信じて待つということ。心無い人からの嫌がらせの電話や手紙、また、事実とは

真逆の情報を吹き込まれたりしたそうです。けれども屈せずによく待っていてくれました。そして、

安田純平さん帰国後も、表に出てメディアへの対応を懸命にこなされました。

今週火曜日発売の「婦人公論」にご夫妻そろって初のインタビューが掲載されました。関心のある方

はご覧ください。少年少女のような初々しいツーショットです。ただ、写真からはうかがい知れない

お二人の気持ちが綴られています。

日本とシリア。遠く離れていてもお二人の気持ちは強い絆でしっかりと結ばれていたのですね。

根底にあるのは、「愛」以上の物、相手に対する「慈しみ」ではないでしょうか。

大悲無倦常照我

 

安田純平さん

2018年10月30日

早いものでもう10月も終わりです。もうすぐお正月が...あっという間ですね。光陰矢の如し。

けれども安田純平さんの3年4か月はとてもとても長かったことと思います。

私達が普通の生活を営む上での3年4か月は、ただ何となく時間が流れて、本当にあっという間なのでしょうけど、

安田純平さんの3年4か月は、1日1日が地獄の中での恐怖の時間の積み重ねで、明日の命があるのか、

否、数分後には命があるのかという生きた心地のしない年月だったことでしょう。

けれども、よくぞ生き延びて、よく無事で帰ってこられました。体が無傷でも

精神面がとても心配でした。帰国されてからも悪夢にうなされることもあるかもしれませんが、

信じて待っていてくださった優しいご家族の温かさで、ゆっくりと時間をかけて、自分自身を取り戻していって下さるよう、

心から願っています。

一人の国民でも危険な目にあっていたのならば、それを助けるのは国家の責務です。

今回の安田純平さんは、フリージャーナリストというお仕事柄、危険を承知でシリアへ入られたのですが、

そこで3年4か月もの間、拘束されたことを「自己責任」という一言で片づけるのは、間違いです。

真実を伝える仕事がどんなに大切な事か。とても尊いお仕事です。

安田純平さん、どうぞゆっくり自分の時間を取り戻して、心が「もう大丈夫」になったなら、

今回見てきたものを私達に教えてください。

生きていてくれてありがとう。

 

子供への虐待は何故多いのか?

2018年10月05日

小学校への登校中、「おはよう。行ってらっしゃい。」と声を掛けられて、「行ってきます。」と挨拶を交わしていました。相手は近所のおじさん、おばさんだったり、或いはしらないひとだったり・・・。けれどもその一言のやり取りだけで、嬉しかったです。「今日も頑張ろう」というエネルギーが沸いていました。夏の炎天下の下校中、水筒は空っぽで、上り坂の上には蜃気楼が見えていて、小学生の私は、友達2人と、無言で重い足を引きずっていました。坂道の途中、右側にあった一軒のお家にポンプ式の井戸がありました。3人の子どもは、何も言わずに井戸へ近づいてポンプを上げたりおろしたりして、冷たい水を飲みました。そのお家に断りもなしで…。けれども、そこのおじさんは、3人をじっと見守ってくれていたのです。いいえ、私達だけでなく、坂道を通る小学生みんなをも見守ってくれていたのです。

先日のニュースで5歳の女の子が、両親へあてた手紙に「許してください。」と必死で綴っていました。虐待の末に亡くなっていった幼い命を思うと、どんなに寂しかったろう、辛かったろう、悲しかったろうと、まだまだ言葉では表せない、いろんな感情が頭をめぐります。

私が幼い頃は先に記したように、親だけではなく、隣近所や他人も子ども達を見守って育ててくれていました。社会情勢や時代が変わった今、子どもだけではなく、親たちも孤独の真っただ中にいるのでしょうか?「誰にも迷惑をかけたくない。」なんて言わずに、電車の中で子供が泣いたら、「すみません。」の一言であやし続けて良いのです。「うるさい。」なんていうわからず屋は無視してください。子供は泣くのが当たり前です。みんなそうやって、大人になっているのです。大人たちももっとおせっかいになったほうが良いと思います。子どもが泣いたら、「抱っこしてあげる。」と、若い母親に手を差し伸べて良いと思います。「関わり合いになりたくない。」なんて言うから若い親たちも遠慮するのです。

小さな命が虐待の末に奪われていくたびに,「児童相談所が悪い。」とかいう意見が出てきますが、私達ができることをできる範囲でやっていければ…と思います。知らない子供にも、挨拶をするとか、近所の子どもの名前を知っておくとか、学年を知っておくとかそんなことから始めても良いと思います。

子どもは宝物です。犬でも猫でも我が子を一生懸命育てます。

「さるべき業縁のもよおさば いかなるふるまいもすべし」 (歎異抄より)

 

 


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